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 夜が来る度に、俺には少しばかり期待してしまっていることがあった。
 それは、ベッドで眠った後に訪れる夢の続き。

 でも、その夢は普段のものとは違っていた。
 俺にとって、大きな意味を持たせてくれる夢だったんだ。





 夢と想いと繋がる唄。

 〈1〉






 その夢を初めて見たのはとうの昔のこと――という訳ではなく、俺が17歳の誕生日を迎えた週の週末のことだった。
 いつものようにベッドに横たわって静かに寝る。その時にはもう妹のエティは俺の隣の部屋で眠っていた。
 もう朧気になってしまったけれども、確かその日は綺麗な満月が夜空に浮かんでいた。そんな気がする。




 夢の中での俺は、誰にも見えない存在だった。
 話しかけられない、触れられない、言ってみれば空気か幽霊のような。
 夢を見ている間、俺は夢の中での人々や事柄には関与するこっは出来ない。
 ……言ってしまえば、“傍観者”に近かった。


 そんな俺の夢に毎回出てくる人がいた。


 初めて見た時、その人はまだ小さな女の子だった。
 腰まで伸ばしたストレートの黒髪と、黒くて大きな瞳が印象的だった。
 多分、まだ4、5歳くらいだっただろう。柔らかそうな生地を使っていそうなワンピースを着て、こげ茶色の髪をしたメイドさん(メイド服着ていたからすぐに分かった)にずっとくっつきながら歩いていた。
 その時はまだ人見知りだったんだと思う。

 『ルフィア様。今日はどこに行きましょうか?』

 メイドさんが女の子に尋ねる。
 そこで初めて、女の子の名前が【ルフィア】だと知った。
 すると、ルフィアはメイドさんの顔をじっと見て、言った。

 『……エレンさんが、いきたいところなら…どこでもいい…』

 そう言って、小さな両手でぎゅっとメイドさんの服を掴んだ。
 『あらあら…』とメイドさん――エレンさんと呼ばれたその人は、そんなルフィアに微笑みながら、右手を彼女の両手に重ねた。
 そして、エレンさんは言う。

 『それでは今日は焼きたてのお菓子を買いに行きませんか?
  美味しいお菓子があれば、きっと旦那様も喜んでくれるはずです』
 『……おとうさん、よろこんでくれる…?おしごと…もっと、がんばれる…?』
 ルフィアは不安げな顔をして、エレンさんの顔を見上げる。
 エレンさんはにっこりと微笑んだ。
 『もちろんです!ルフィア様がお選びになったお菓子なら、絶対に喜んでくれますし、お仕事もはかどりますよっ』
 『ほんとに?』
 『えぇ、私もルフィア様のお手伝い致しますから、行きましょう?』
 『……うんっ』
 そこでやっと、ルフィアは笑った。


 きっと、父親のことが大好きなんだろうな…俺とは大違いだ。


 そうしてルフィアはメイドさんと一緒に歩いていった。
 初めて見たルフィアの笑顔はとても明るくて、可愛かった。


 そこで、夢が途切れた。
 あの夢が最初。でもこれから続いていくなんて、思わなかった。
 しかも鮮明に記憶に残っているもんだから、ある意味ではすごいことなのかもしれない。




 その次の日に見た夢には、ルフィアとエレンさんの他に、大人の男女がひとりずついた。
 場所は暖炉のある家の一室だった。俺からでも分かるくらい、広くて温かみのある家だ。豪華というより落ち着いているといったほうが似合う。
 ……まぁ、メイドさんがいる時点で、裕福な家ではあるのは分かったけれど。

 『素敵なお土産ありがとう。お父さん、嬉しいよ』
 『ほんと…っ?』
 『あぁ、これがあれば仕事も頑張れるよ』
 『えへへ…っ』
 綺麗な色をした袋に詰まれたお菓子を手にして微笑む男性が、どうやらルフィアの父親のようだ。
 ……という事は、彼の隣にいる女の人は母親か。母親らしきその人は父親と娘のやり取りを柔和な笑顔で見つめている。
 『良かったですねっ、ルフィア様っ!』
 『ううんっ。エレンさんがてつだってくれたからだよ。ありがとうっ』
 『そ、そんなっ、滅相もございませんっ!』
 和気あいあいとしたルフィアとエレンさんに、彼女の両親もまた微笑ましく見つめていた。


 すごく、幸せそうだと思った。
 とても、羨ましかった。
 たとえ夢でも…

 ……ふいに、
 母さんが生きていた頃を思い出してしまった。





 身体がグラグラする。
 頭もグラグラする。
 なんだろう。少し痛い。


 「……ちゃ……ん……ル…
  ……ちゃん!アルにーちゃん!いーい加減にぃっ…起きろぉぉっ!!」


 バチっ!と目が醒めた時、視界全体がエティの“顔”で埋め尽くされていた。
 「……う、わぁあっ!?」
 まだ頭が働き出していないせいで、反応がほんの少し遅れたが、それでも仰け反るのには時間は掛からなかった。
 「え、エティ!な、何して…」
 「それは、こっちのセリフっ!朝ご飯出来たから起こしに来たのに、全然起きないんだもん!さっきからずっと起こしてたんだからね?」
 そう言ってエティはプリプリと怒ってしまった。
 そうか。あのグラグラの原因はこいつだったのか。

 ちなみに俺とエティとは3つ程歳が離れている。
 この時の俺は17歳になったばかりだけど、エティはあと2ヶ月ほどで14歳の誕生日を迎えようとしていた。


 「ごめん…悪かった」
 「……ま、いいけどね?」
 俺が謝ると、エティはぷいと背を向けながら言った。
 「アルにーちゃんにしては珍しく眠り込んでいたし……それに…」
 「……それに?」
 それから一間置いて、溜め息混じりで妹は言う。


 「アルにーちゃん、ちゃんと涙拭いてからリビングに来てね」


 それだけ言い残して、エティはドアを開いたまま外へ行ってしまった。


 「……涙?」

 ふいに顔に手を伸ばす。指先を頬に触れた瞬間、冷たい筋があった。
 「……あ」
 思わず声を漏らす。
 もしかして、あの夢を見てる時に泣いてしまったのか…全然覚えはないのだけど。
 しかも、しっかりとエティに見られたらしい。うわ、恥ずかしいな…
 まぁ、とりあえず俺はその跡だけは拭き取って、適当に着替えることにした。



 「ねぇ?さっき、なんで泣いてたの?」
 エティの作ってくれた朝ご飯を食べている途中、ふいに彼女が聞いた。
 「……ん。なんで、だったかな…覚えてない」
 夢の事を話すのもアレだったので、俺ははぐらかせる。
 「……ほんとにぃ?」
 案の定、エティが疑いの視線を向けられた。
 出来るだけその視線に合わせないようにしながら、俺は言う。
 「……あぁ、覚えてない」
 「嘘だ」
 「ほんとだって」
 「悪い夢でも見たんじゃないの?」
 「んなの、忘れた」
 「……」
 「……」
 そして、お互いに無言。
 カチャカチャと食器同士がぶつかる音と、お互いの粗食の音しかしなくなった。

 「……もういい」

 先に音をあげたのはエティのほうだった。明るくて楽しくて騒がしいのが好きな妹に、この静か過ぎる食卓は耐えられなかったようだ。
 俺は俺で内心安心していた。ここまで黙っていたら、しばらくは聞いてこないだろうと思ったから。



 だから、だろうか。
 また。【彼女】の夢を見れるようになったのは。



 to be next Episord...



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