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 まるで三日月と太陽みたいだ。

 突然言われたけど、違和感は感じなかった。

 だって、本当のことだから。

 正反対のふたり、だから。





 三日月と、太陽。





 「…………」
 さっきから、エティさんはむすっとした顔をしている。僕が作った三色団子を食べながら。
 晴れ晴れとした晴天。『甘木屋』がお客さんたちが賑わっている中、僕とエティさんがいるイートインスペースの一角だけは異様な雰囲気を放っていた。そのせいなのか、その周りに僕たち以外の他のお客さんは、近づこうとすらしない。
 「……エティ、さん?」
 「……何?」
 僕が呼ぶと、エティさんはその表情のまま僕を見た。エティさんは睨むような目をしていた。まだ外れきれていない額に巻いた包帯のせいで、更に凄みを増していた。
 
 あ、明らかに機嫌が悪い…!

 僕の直感が瞬時にそう感じ取った。
 「え、えーっと…」
 エティさんに睨まれながら(多分、そんなつもりはないんだろうけど)、僕は足りない頭を何とかフル回転しながら、次の言葉を紡いだ。
 「な、何か…あったん、ですか…?」
 
 ……って、何言ってるの、僕!?
 それ聞いたら駄目な状況っぽいのにっ!!

 自分にそう突っ込みを入れていると、エティさんは最後の一個となった緑色の団子を口に入れた。むぐむぐと、口の中が動いている。
 それを飲み込むと、そのまま頬杖をつかせてままエティさんが言った。

 「……か、したの」
 「え?」
 「…にーちゃん、と。喧嘩、したの」
  『にーちゃん』
 彼女がそう呼ぶ相手は彼女のお兄さんであるアルさんだけだ。
 「え?うーん?でも…喧嘩なんていつもしてるんじゃ…」
 「違うの。今回は…その、そういうのじゃなくて、ね…」
 珍しくエティさんが言葉を濁している。そしてその表情に彼女の持つ笑顔はない。それほど重要なものだったのだろう。
 「……お菓子の取りあいとか、また別の…ですか?」
 「うん…それとは、全然違うの。…って、それと比べて欲しくない」
 「あ…ごめんなさい…」
 そう言った所で、僕とエティさんはようやく笑い合った。エティさんに、いつもの“彼女らしさ”が戻って来たような気がした。
 「あ、あの…僕で良かったら、聞きますよ?エティさんの話」
 「ほんと?じゃあ、イサミ。私の話、聞いてくれる?」

 





 「……はぁ?んな事で喧嘩してたの?」
 あたしがため息混じりにそう言うと、
 「んな事って…クランさん…」
 さっきまで事の経緯を話したアルがあたしの一言に頭を抱えていた。
 あたしが材料に買い出しをしている途中でアルに出会ったんだが、どうも元気がない。んまぁ、あの“バカ弟”に似て無表情だから、一目見てもよく分からなかったりするんだが、今回は分かりやすいくらいに元気がなかった。
 そこであたしが買い出しを一旦中止して無理やりアルを喫茶店へ連れ込み、事の次第を聞いたところ、さっきまでエティと喧嘩をしていたらしい。そこまではいつもの事だったから、まぁ良しとするのだが…今回の発端というのが…

 「あんな酷い怪我をしてまで、あの仕事をこれ以上続けさせる訳にはいけないって、仕事を続けるのを辞めさせようとしたんです…俺、本気で心配してるんですよ。…なのに、エティが…『にーちゃんの分からず屋っ!』、って…」

 以前、アルとエティが一緒に参加していた依頼に、ある魔物の討伐があった。初めこそ優勢であったが、途中から段々不利になってしまう。結局の所、辛勝だったらしかったのだが、その最中にアルが背後から襲われそうになった所をエティが庇って怪我をしてしまった。
 幸い、全治2週間ほどの怪我で済んだのだが、エティがこれ以上辛い目に合って欲しくない、という事からそう言ったらしいのだが…エティの『分からず屋』発言をきっかけに口喧嘩になってしまい、挙句の果てには、エティが家から飛び出してしまった。アルはアルでエティを追いかけるのも出来ずに家の中にいたのが、こいつはエティを追いかけなかったのをすっかり後悔してしまい、街の中をふらふらと彷徨っていた所をあたしに見つけられた…そういう事らしい。

 「あぁ、あたしにとっては『んな事』さ?」
 「クランさんっ!!」
 あたしが冷たくそう言うと、突然アルがテーブルをバンッ!と叩いて立ち上がった。テーブルに乗ったあたしのブラックコーヒーの入ったとアルのレモンティーの入ったグラスがほんの少しだけ揺れる。同時に他の客やウェイトレスたちの視線が一気に集まった。
 「アル。周りに迷惑だ。とっとと、座りな」
 「……はい」
 あたしの言葉を聞いたからか、それとも視線の集中に耐えきれなかったのか、アルは素直に大人しく座った。そして、グラスを手に取って、レモンティーを一口飲む。
 アルが落ち着いたのを見計らって、あたしは言った。
 「……なぁ、アル。あんたは、エティの気持ちを本当に分かってんの?」
 「…俺は…エティの兄貴、ですから…」
 「……全然、分かってないな」
 嘆息混じりに言うと、咄嗟にアルはあたしから視線を下げた。図星だったらしい。
 「ま、あたしはアルの想いを全否定するつもりはないよ。あんたは昔も今も本当に妹を大切にする『良いお兄ちゃん』だからね」
 「……」
 「でも…だからこそ、エティの気持ちを理解してあげたほうが、いいんじゃないのか?」





 「私ね?本当は、アルにーちゃんを辛い目に合わせたくなかった。誰かの、それも人生の終焉を見るのって、すっごく恐い事なのはよく分かってる。それに…にーちゃんと同じ“力”を持っているんなら、傍で支えてあげたかったんだよ。……なのにね、にーちゃんったら…『もう、この仕事はするな』って言ったんだよ?私の気持ち……全然、分かってくれなかった」
 エティさんは沈んだ顔を浮かべながら、話してくれた。僕は何も言えなかった。
 僕には…アルさんやエティさんが持っている力――終焉が見えるなんてすごい力を持っていないから。とてもじゃないけど、安易な言葉は掛けられなかった。
 「確かにね…にーちゃんがそう言ってくれたのって、私の事を本気で心配してくれているからなんだよね。すっごく嬉しかったんだよ?でもさ、そう思わせちゃったのって、結局…私のせい、なんだよね。なのに…にーちゃんに…『分からず屋』って……酷いこと言っちゃった…」
 「えっ、えっ!?」
 今にも泣きそうなエティさんに、僕は酷く慌てた。彼女がこんな表情をするのは、本当に、本当に珍しかったから。
 「え、エティさんっ、泣かないで下さいっ!え、っと…その…ちゃんと、顔を合わせてアルさんに謝れば…きっと、大丈夫ですよっ!!」
 確証のない言葉を並べただけだったけど、これが僕に掛けられる精一杯の慰めの言葉だった。
 「……ほんとに?」
 その瞬間。エティさんの表情に、僕は思わず生唾を飲んだ。
 潤んだ深い緑色の目、ふわっとした金色の髪、ほんの少し朱に染まった頬。
 その表情が、僕に向けられている。全部、僕に。そう思うと、僕の鼓動が一気に速まった。

 駄目ですっ、エティさん!そんな顔で見つめないでぇー…っ!

 あぁ…もしも。もしも、今ここが絶賛繁盛中の『甘木屋』のイートインスペースの一角じゃなくて、僕の部屋で二人きりだったら…今すぐ目の前のエティさんを抱きしめられる…のかどうか分からないけど、とにかくそんな事が出来ちゃうのかもしれないのに…!
 そんな悶々とした考えを何とか押さえこみ、ゲフンゲフンとあからさまに咳込んでから、僕はエティさんに言った。
 「はいっ!僕が…僕がっ、保障しますっ!これでアルさんがエティさんの事を許してくれなかったら…代わりに、ぼ、僕がっ、アルさんに猛抗議しますからっ!」
 最後はもう何を言ってるのか、自分でも分かりきらないまま思わず拳を作って言いよってしまう。僕がアルさんに勝てたことなんて一度もないし、そもそも勝負出来る実力もないけど。すると、エティさんの沈んだ顔が少しだけ明るくなった。
 「えへへ…ありがと。やっぱ、イサミは優しいね」
 にこりと笑ったエティさんはやっと“彼女らしさ”を取り戻しきっていて、その素敵な笑顔を見れた僕はもうすっかり幸せの有頂天に達していた。




 「まぁ、さすがに…今回は、あんた達兄妹の問題であり、またお互いの仕事の問題でもあるからな。叔母であり一般民であるあたしが口出し出来るもんじゃないさ。でもね、アル?あの子だって、あんたが思っているほどいつまでも子供ではないんだ。少しずつ、大人になってるんだよ。あの子なりでもちゃんと自分の考えで動いているってことを…忘れるんじゃないよ」
 散々アルに向かって説教している内に、日はもうすぐ西にへと沈みそうになっていた。買い出し先の店が閉まってしまう前に、半ば強引にアルを手伝わせて残りの材料を買い占めて、あたしとアルは『甘木屋』に向かって歩いていた。
 「……すみません、クランさん。俺…エティに謝ってきます」
 「あぁ、そうしな?ま、とりあえず、その材料を『甘木屋』に置いてからな?」
 「はい…」
 ちなみに買い出しの材料は全てアルが持ってくれている。材料全てを持っても、あたしは運べるのだが、『クランさんが大事な買い出しを止めてまで俺を説教してくれたから』だそうな。あたしはそんなに気にしていないのだが、せっかくの好意なのでこうして持って貰っている。

 「……あ」

 ふいに、アルが声を漏らした。あたしが前を見ると、『甘木屋』から出てくるイサミとエティの姿があった。エティもアルの存在に気付いたのか、そのまま動けないでいる。

 ……全く。似た者同士、だな。

 あたしはアルの横腹を肘で軽く突いた。アルがこちらを見たと同時に、あたしは顎でエティを差した。
 「荷物をよこしな。こっからはあたしが運ぶ。さっさとエティのとこに行きな」
 「……はいっ!」
 アルは持っていた荷物を丁寧にあたしに渡すとしっかりと礼をして、そのままエティにへと歩いて行った。





 アルさんがこっちにやって来た時、エティさんは何も言えずにいた。
 もちろん、僕も。…ううん。むしろ僕が何かを言っていいわけなかった。
 「え、エティ…」
 「……」
 アルさんが呼びかけても、エティさんは何も言わない。視線は合わせていなかった。
 僕はこのまま…このふたりの間に、長い長い沈黙が流れ始めてしまうじゃないのかと思った。

 「……ごめんなさい」

 ポツリと、エティさんが言った。
 「エティ…」
 アルさんが呼びかけると、エティさんがしっかりと顔をあげた。今度は、ちゃんと目を見ていた。
 「アルにーちゃん、本気で心配してくれたのに…あんなに酷いこと言っちゃって……ごめんね。でも、でもね…私、エンドブレイカーの仕事を続けたいんだ。にーちゃんを支えられるように、もっと頑張って強くなるから…だから…だから、ね…」
 そこから先、エティさんは何も言えなくなってしまっていた。今にも泣きそうな顔をしていた。
 すると、アルさんが一歩前に出た。そして、流れるような綺麗な動きで、エティさんを抱きしめた。
 「にーちゃ…」
 「……俺こそ、ごめん」
 呼びかける声を遮って、アルさんが言う。
 「俺こそ…お前の気持ち、ちゃんと分かってなかった…ごめん」
 エティさんほど言葉は多く語らなかったけど、それでもアルさんはエティさんを優しく強く抱きしめた。
 「……うん……」
 うっすらと目を潤ませながら、それでもエティさんは嬉しそうな顔を浮かべていた。そして、エティさんはしばらくの間アルさんに優しく抱きしめられていた。
 僕はよく知っている。それが、無口で無表情なアルさんが出来る、エティさんに対しての精一杯の優しさだという事を。




 夕闇に染まる中、金色の髪と深い緑色の瞳をした兄と妹が、手を繋いで家路へと辿っていく。ふたりの握る手は確かに強く。向き合う表情は優しく、そして明るい。ふたりの表情は同じ「笑顔」であることに、変わりはない。
 そんなふたりを手を振って後姿を見つめながら、クランは言った。
 「やっぱ…三日月と太陽、だな」
 「三日月…?太陽…?」
 その後、荷物運びを手伝わされたイサミが店からひょっこりと顔出して言う。
 「アルとエティのことだよ。アルは無口だし静かで何考えてるか分からないけど、まぁそれなりに優しいヤツだろ?それに対して、エティはいつも明るくてニッコニコな笑顔の似合う元気娘じゃないか。あのふたりは三日月と太陽でぴったりさ」
 段々と小さくなっていくふたりの姿に、クランは小さく笑みを浮かべた。
 「でもさぁー、お母さん?そうしたら、ふたりは全く正反対ってことだよね?」
 「何言ってるんだい、イサミ。ちゃんと似てるとこはあるだろ?」
 「へ?」
 クランの言葉にイサミは驚く。そんなイサミを見つつ、クランは語りかける。
 「確かに三日月と太陽じゃ正反対さ。三日月と太陽が同じ時間に同じ位置に来るなんてこと、まずないしね。けど、共通点はあるだろ?ちゃんとした共通点がさ」
 「う、ううーん…???」
 イサミの頭上で、いくつもの疑問符が浮かび上がっている。それを見たクランは小さくため息を尽かせた。表情は苦笑そのものである。
 「イサミー?そんなんじゃ、お父さんみたいな立派な職人になれないよ?」
 「うぅ…じゃあ、お母さんには分かるの?」
 「あぁ、分かるさ」
 そうして、クランは空を仰いだ。イサミもそれに続いて空を仰ぐ。
 太陽が沈みゆく空と月が登り行く空がほんの少しだけ混じり合って行くのを見つめながら、クランはアルを説教していた時とは違う、穏やかな笑みを浮かべて言った。




 「三日月も、太陽も、“光”を照らすのさ。誰かを、何かを照らす…“光”を、ね」




=E N D=
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