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それは、真っ白な花。
僕が出会ったその人は、そんな人だった。


全てが真っ白。髪も肌も着ている服も履いている靴も。
何もかも、全てが真っ白だった。


だけど…瞳の色だけは違っていた。
その人の瞳は……何故か、金色の瞳だった。








スノーホワイトの瞳。








「あなたの願い、叶えてあげる」
その声はまるで鈴を鳴らしたかのような声。
細くて、弱くて、だけど透き通った綺麗な声。
「な、なんで…どうやって…??」
いきなりその人が現れたんだ、僕はびっくりする。

その『どうやって』という言葉の意味は…

『どうやって叶えるのか』というのではなく、
『どうやってあんなに小さかった白い箱から出てきたのか』

……ということだ。
しかも、その中にあった本当に小さな人形が人間になったんだから尚更。

「その箱は私の住処。私はそこでしか生きられないの」

透き通った声は指を指しながらそう言う。
その視線先にある僕の手の中に、その箱はある。本当に小さな箱。
今じゃまだ綺麗なほうだけど、僕が拾ったときは本当に酷かった。
「けど、私の住処は色んな人間に色んな場所に移されたの。
 海に流されたり、山に置いて行かれたり、車に乗せれたり…
 心ない人間たちのせいで、この住処もすっかりボロボロになってしまった。
 今じゃこんなに小さいけど、本当はもう少し広かったのよ?」
彼女は悲しそうに顔を伏せる。
そんな表情を見ていて、とても苦しかった。
「だけど…あなたは違った。
 ボロボロになった私の住処を心配して、ここまで連れてきた。
 私の住処を直して、私までも労わってくれた。本当に嬉しかった」
彼女の顔がふいに笑顔に変わったとき、僕はドキッとした。
金色の目を細め、口角を少しあげる。
ただそれだけで、すごく素敵な笑顔になった。
それは今まで僕が見た中で、一番素敵な笑顔だった。
「じゃ、じゃあさ…とりあえずまずはキミが誰なのか、教えてくれない?」
そう言うと、彼女はコクリと頷いてくれた。
僕は近くから椅子を持ってきて、お互いに向かい合うように座った。
「僕はトオル。セオ・トオルっていうんだ。一応、学生やってる」
先に僕が簡単に自己紹介してみた。
もちろん僕は日本人だし、名前も漢字だけど、今回はあえて書かないことにする。
相手の自己紹介が始まるまで待つと、彼女は言った。


「私はスノーホワイト。スノーホワイト・エンジェスタ・フロウマディア・ウィン」


まるで呪文かのような名前だった。
「すのーほわいと…えんじぇ…???」
繰り返そうとするが、どうも次の単語が出てこない。
「ごめんなさい、すごく長いけどこれが本名なの。無理に覚えなくてもいいよ?
 『スノウ』って呼んでくれればいいから」
「あ、うん…なんかごめん…」
「気にしないで。友達も覚えるの大変って言ってるから」
彼女――スノウはそんな僕に静かに笑った。
それがただの笑いか、それとも何か意味を含ませたものか、今となっては分からない。
ただ…やっぱり彼女の笑顔は素敵だと思った。





「で、スノウはあれなの…?天使、とか…そういうの?」
僕が尋ねるとスノウはしばらく考え込む仕草を見せる。
「天使ではないけど…私の場合は【妖精】っていえば正しいのかな?」
「妖精?ランプの妖精とかそういうの?」
「確か人間が作った御伽噺で出てくる妖精ね…まぁ、そんな感じかな」
どうやら天使ではなく、妖精らしい。
瞳以外真っ白な彼女を見ていると、どうも天使にしか見えない。
「私、冬の妖精なの」
金色の瞳で見据えながら、スノウは突然言った。
「冬の…妖精?」
「うん。この世界には確かに色んな妖精がいるわ。
 今の時期だったら、風の妖精や雪の妖精、それに光の妖精。他にもたくさんいる。
 それで私は冬の間そういう妖精たちを監視したり束ねている、冬の妖精のひとりっていうわけ」
「じゃあ、スノウはそういう妖精たちをまとめる偉い妖精なんだ?」
「そう、ね…。確かにそうなんだけど…うーん、なんて言えばいいのかな…」
そうしてスノウは必死に考え込む。
妖精が人間相手に説明するということはどうも難しいようだ。
「つまりね。私はその妖精たちから見ればちょっと偉いと思う。けど、上には上がいるの。
 一番下は雪とか光とか――ひとつだけを専門にする妖精。
 で次に偉いのがその妖精たちを監視し、纏めるそれぞれの季節の妖精。私はこの季節の妖精に入るね。
 その上には季節の妖精を纏める統括妖精がいて、さらに上を行けば、妖精の王様…ってことになるの。
 本当はもっと細かいんだけど、大まかに説明しちゃえばこんな感じかな」
妖精の世界は結構複雑のようだ。
「あのさ、質問していい?」
僕がそう言うとスノウがどうぞと言ってくれた。
さっきまで気になったことを言う。
鈴のような色をした、とても綺麗な金色の瞳を指しながら。
「なんで、金色なの?」
スノウは一瞬何のことだか分からなかったようだが、すぐに瞳のことだと分かったようだ。
「この色はね…妖精のランクを示しているの。
 ひとつだけを専門している妖精は蒼の瞳。私のような季節の妖精は金色の瞳。
 で、統括妖精のは……確か、紅の瞳だったかな?それで王様が……えーと、噂に因れば翠の瞳」
噂に因ればって…。
「王様には滅多に会えないのよ。一生の内に会えるかどうか…。
 肖像画もないからどんな人なのか全く分からない。
 だから王様については、妖精たちの間で色んな噂が流されてるの。
 …………ほとんど嘘みたいだけど」
そう言ってスノウは肩をすくめて見せた。
どんな噂が流れたのか気になったが、僕はあえて聞かないことにした。
……スノウ、早く話を元に戻したいみたいだし。
「じゃあ、話を元に戻してもいい?」
「あぁ、うん。どうぞ…」





「それで…私がどうしてトオルの願いを叶えてあげるって言ったのか。
 トオルはその理由を聞きたいんだよね?気になるだろうし…」
スノウの確認に僕は頷く。
確認したスノウは僕に向かって話し始めた。


「かつて、妖精の王様はこう言ったらしいの。
 

『人間はその両眼で我ら妖精の姿を捕らえることが出来ない。彼らは荒(すさ)んだ心で満たされてしまっているのだ。
 誰よりも上を目指し、誰よりも人に崇められるように。富や名声などを求めていく内に心は荒んでいく。
 しかし、そんな人間の中には我らの姿を捕らえることの出来る両眼を持つ者がいる。
 その者は荒んだ心でなく、純粋で清らかな心を持つ者。我らが出会う機会のない清い心を持った人間だ。
 だから…もしもその人間に助けられたら、我ら妖精はその人間にひとつだけ願いを叶えてあげよう。
 純粋で清らかな心を持つ者に、我らに害の成す人間はいないのだから』


 それから妖精たちは、その…純粋で清らかな心を持つ人間を助けられる毎に、願いを叶えてあげるの。
 実際、その純粋で清らかな心を持っている人を助けられて願いを叶えてあげて、暴力を振るわれたり殺されてたっていうのは全くないの。
 だから…私たちは、これからもその人たちの願いを叶えてあげるの」


スノウから紡がれる言葉はまるで川の流れのように、放たれていく。
その声は透き通っていて、鈴のような高い声。
聞いていて、とても心地の良い声だった。
「だから、願いを叶えるのはある意味…そうだね、義務かもしれない。
 けどね?そう願いを叶えてあげるとね、みんな『アリガトウ』って言ってくれるの。
 それがとっても嬉しくて、妖精としてもっともっと頑張れるようになれるの」
素敵な笑顔で、スノウはそう言った。
僕はそんなスノウが、素敵だと思った。
「じゃあ、僕の願いも叶えてくれるんだね?」
改めて僕は確認をとった。
彼女は笑顔のまま、コクリと頷いた。
「あ…でも、待って!」
同時に慌てる顔で僕に声をかけてきた。
「え、何?」
「あのね…願いは叶えてあげるけど…。条件があるの」
そして視線を泳がすスノウ。
クルクルと表情が変わっていくスノウが、何だか可愛らしい。
僕は心の中でクスリと笑った。
「それで…条件って?」
「あのね…。えと、願いのことなんだけど」
「スノウに会って叶えて貰ったことは誰にも言わないよ?」
「そうじゃなくて!…いや、そうしてくれると嬉しいんだけど…私が言いたいのは別のことで…」
「……何?」
なかなか言ってくれないスノウに、僕は自然に首を傾げてしまう。
迷いに迷った末に、スノウが口を開いた。


「私……冬に関する願いしか、叶えてあげれないの」


スノウが語った言葉は意外にも短い言葉だった。
「冬に…関する願い?」
「そう…私は、冬の妖精だから、冬に関する願いしか叶えられないの」
「あぁ、なるほど…」
その言葉を聞いて僕は妙に納得してしまう。
どうやら何でも叶うわけではないようだ。
「統括妖精からだったら季節関係なく叶えられるんだけど…ごめんね」
そう言って彼女は頭を垂れて謝る。
「ううん、平気だよ」
僕は笑って謝る彼女をなだめる。
「僕が叶えて欲しいのは、ちゃんと『冬に関する願い』だから」
そう。僕の願いは、確かに冬に関する願い。
それを叶えてくれるんだから、文句は言わない。
「ホントに?」
頭をあげたスノウの表情が自然に明るくなる。
そんな彼女に僕はしっかりと頷いてあげた。
「じゃあ叶えてあげる。トオルの願いは何?」
突然スノウが立ち上がって、両手を広げる。
その表情は期待と何かが込められた笑顔だった。
「僕の願いは…」
そして、僕は…僕の願いを「白い冬の妖精」に言う。


「……受験、上手くいって欲しいんだ」


そう言ったら、スノウは不思議そうな顔を浮かばせた。
「ジュケン…?…人間の試験のこと?」
「うん。今度、大学のセンター入試があるんだ」
「それって…あぁ、そっか。人間っていちいち試験しないと入れないんだっけ…」
「まぁね…。やっぱ不安でさ…別に浪人してもいいけど、そしたら親に迷惑かけるし」
「そっか…」
スノウは静かに笑みを浮かばせる。
金色の瞳を細めたその笑顔はとても素敵だった。
「本当に、その願いでいいの?ひとつしか叶えてあげないよ?」
その笑顔は今度はいたずらっ子のような笑みだった。
その笑顔に、僕も笑顔で頷いた。
「分かった…」
そしてスノウは瞳を閉じる。


ふわりと彼女の身体が浮き上がる。
両手を広げると、金色の光が彼女を囲む。
彼女の背中に金色の光の羽が生える。
光と同化するかのように、彼女の髪も服も金色に変わっていく。


その姿はまるで「天使」だった。
可憐で綺麗で儚い、そんな姿だった。


金色の彼女は口を開く。
瞳を開くと、彼女は完全な金色の天使だった。
真っ白だった妖精が、金色の天使に変わっていた。

「『受験が上手くいって欲しい』
 あなたの願い、冬の妖精スノーホワイトが叶えてあげる」


これで、鈴のような声を聞くことは二度とない。
そう思った刹那、彼女の身体から光が溢れた。
眩しくて目を閉じてしまう。
だけど、その光はとても暖かくて心地が良かった。


光の中、鈴のような声が聞こえたような気がした。


――トオル。あなたの願い、叶えてあげたよ――












「透ー!合格おめでとーっ!」
蒼汰さんの声と共にパァンと、クラッカーの鳴る音が響いた。
瀬尾家のリビングはすっかりパーティー状態だ。
「あ、ありがと…」
まさか帰ってきてこんな状態になってるとは思わず、僕はすっかり呆けてしまっていた。
「ほらっ、透君。今日の主役は透君だよ?」
白亜さんが僕の手を握って、そのまま僕を導いていく。
リビングはいつ付けたのか、紙飾りやら電気やら色々飾られている。
窓には大きな板で【祝!瀬尾透、大学合格!】なんて書いてある。
僕が出かけて、合格を聞いてからどうやってこんな風にしたのだろう…
「おめでと、透っ!」
「ようやく合格だねぇ」
「合格おめでと」
凛音に歩美、それに楓がそれぞれ前に出て言葉をかける。
「はい、祝福の花束だよー」
「あ、ありがと…」
僕は歩美から花束を受け取る。
この時期ではまだ少し早めのチューリップの花束。
色とりどりでなかなか綺麗だ。
「じゃあ…黒奈さん、そろそろ乾杯の音頭でも…」
「うっし、じゃあ…みんなグラスを掲げてー」
悠斗さんに言われた黒奈さんが指示を出していく。
僕も含め、全員が用意されたグラスを天井に向けて掲げていく。
全員が準備完了したのを確認して、黒奈さんはみんなの輪の真ん中に立って…

「それではぁ!瀬尾透の大学合格を祝ってー!」

その声の瞬間、

「かんぱーいっ!!」

楽しそうな声が一斉に瀬尾家に響いた。





その後の瀬尾家のリビングはもうパーティーなんだか。
みんなそれぞれで楽しんでいた。
黒奈さんに至っては…白亜さんと蒼汰さんを巻き込んで酒を飲んでしまっている。
僕はというと…リビングから離れ、ベランダから外を眺めていた。
「透…」
ふいに後ろから悠斗さんが声をかけられた。
その手には2杯のグラスがある。
「……ジュースだけど、飲む?」
「あ、頂きます」
勧めてくれたジュースが入ったグラスを貰って、一口飲む。
ほんのりと甘いブドウの味が口の中で広がった。
「えと…改めて、合格おめでと」
「あ、ありがとうございます」
そう声を交えたきり、お互い黙っていた。
リビングとは違って静寂が訪れる。
風の音が、木の葉の擦れる音が、一層響いている。




――トオル――




「……?」
音の中に、彼女の声が聞こえた気がした。
鈴のような高い声が、僕の名前を呼んでいた気がした。
「どうした…?」
隣にいた悠斗さんが尋ねる。
僕がどんなに視線を回しても、彼女の姿が見えない。
「あ…いえ…何でもないです」
結局僕は彼女の姿を求めるのをやめた。
だって…また会えるんだから。
どのくらい先かは分からないけど。
きっと…また、何処かで会える。
最後だと思っていた彼女の声が聞こえたから。



彼女の出番である冬はもうすぐ終わる。
もうすぐ春。彼女が叶えてくれた願いの続きが見れる。
そう思うと、不思議にワクワクしてくるのだ。


スノーホワイト・エンジェスタ・フロウマディア・ウィン。


長ったらしくて覚え切れなかったはずの名前が、今では呪文のように唱えられる。


また会えるといいな。


真っ白な花のような、まるで天使な、冬の妖精に。


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