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夜。そう、この時間は夜。
柔らかな月の光が暗闇を照らす。
街は静まり、人の姿は数えるしかなく。
静かで…孤独という文字が似合う時間帯。

そんな時間帯にある存在と戦う人がいる。
この世界にはあるべきではない存在と戦う人がいる。

人々は栄誉と賞賛を込めて、そんな彼らをこう呼ぶ。


『退魔師』と。







ep.1
放課後によくある日常。






樫本高校に授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
それは全ての授業が終わったコトを知らせる事でもあった。
「んー…終わったぁ…」
愛用のリボンでセミロングの髪を2つに分けた風宮凛音はまるで猫のようにに体をうんっと伸ばす。
傍目から見ると高校2年だとは思えない童顔と低い身長。初対面には良くても中学生にしか見えない。

今日も何事もなく過ごせた。授業を途中で抜け出すことなく。
これは特別な職業に就く凛音にとっては安心出来るものだった。

終礼が終わると、掃除を始める。
生徒たちは面倒くさそうに箒や雑巾を使って掃除をしていた。
「凛ー。今日暇ぁ?」
既に掃除を終えた凛音に友人の平山歩美がそう尋ねる。
凛音としては「もちろん暇だよ」と、そう言いたかったのだが…
「あ、ちょっと待って…」
学生鞄から光が漏れていた。光源は愛用の携帯からだった。
凛音が通う高校は携帯の使用は許可されている。彼女は何のためらいもなく、携帯を開いた。
差出人は……その特別な職業のパートナーからだった。


『任務が入った。準備を終え次第、校門に来て欲しい』


改行されてない、たった2文だけのメールだった。
「……ごめん、歩美。また任務が入った……」
返信することなく、携帯を閉じた凛音は手を合わせて謝る。
「いいって、いいって。しょうがないもんね、これだけは」
そんな凛音に怒ることなく、歩美は笑って許してくれる。
いつもこんなのばっかりでなかなか一緒に遊べない歩美に、凛音は少し胸が痛い。
「本当にごめんね、今度一緒に遊ぼ?」
「うんうん。仕事頑張ってねぇー」
そう言葉を切った歩美の顔がニヤリと口を曲げる。
「ねぇっ。ということは凛の先輩、また来るの!?」
「う…うん、まぁ…来るよ?」
「また見たいなぁー、凛の先輩っ」
「えぇー…またぁ?」
凛音の呆れた顔に反して、歩美の顔はものすごくうっとりしている。
「だって凛の先輩、すごくイケメンじゃん!かえっちだって、カッコいいって言ってるよ?」
「あ、歩美ちゃんっ!?」
歩美の一言に思い切り反応したのは、もう一人の友人である結原楓だ。
いつもはとても物静かで、か弱いお嬢様のような楓ですらこの反応である。
「かえっちー。見たいよねぇ、凛のセ・ン・パ・イ」
「………う、うん…見たい」
ニヤニヤと語る歩美に楓は俯きながらも肯定する。
そんなふたりに凛音はちょっとしたため息をつかせる。
「分かった分かった。あの人なら校門で待ってるっていうから、一緒に行こ?」



そんなこんなで。
凛音と歩美、そして楓は教室のある3階から階段で一気に駆け下りる。
上履きから黒や茶色の革靴を履き替えて、外に出ると、何やら校門で人だかりが出来ている。
しかも、どう見たって女子オンリー。中にはプレゼントを持ってる人までいる。
「あらま…また凛の先輩、大変なことになってるねー」
人だかりを見つめながら、歩美は楽しそうに笑う。
「凛音ちゃん、早く行ってあげないと…」
あまりこういう風景を見たくないのか、俯きながら凛音を押し出そうとする楓。
「そうだね、じゃあ行ってくる」
楓に言われて、凛音は急いでその人だかりに向かって走っていった。
歩美も楓もその後に続いて走っていく。

「悠斗先輩ー。遅れてごめんなさいー」

凛音の、与えられた台本を棒読みしたようなセリフに、女子たちは過敏に反応する。
それを気にせずに凛音はグイグイと女子だけの人だかりを抜けて行き、そして目的地に辿り着く。
そして、彼女の目に映ったのはひとりの青年の姿。それと、黒光りする軽自動車。

「凛音…遅い」

困ったような表情をしながら、青年は言う。
青年の髪はまるで雪のような白銀で、切れ長の目は色素を失ったような灰色。
整形手術をしていないのに随分と整った顔は全体的に白いが、病的ではなくあくまでも健康的に白い。
白くて細身の身体を包むのは、パンクデザインの白Tシャツに黒いジャケット、ダメージの入ったデニムパンツとブーツ。
程よく筋肉のついた細身の肉体と白い肌。感情を大きく表さない無表情と多くは語らない無口さ。
風宮凛音の特別な職業の先輩――荒谷悠斗はそんなヤツなのだ。
「相変わらず先輩はモテモテなんですねー」
にやにやしながら凛音は言う。
そんな凛音に女子たちは何やら不満そうな顔している。
「……別に…むしろ、毎回ちょっと困る…」
悠斗は女子たちに構わずそんなコトを言い出す。彼女たちはちょっと反応した。
凛音はそんな女子たちに向かって言った。
「はいはい、先輩も後輩も同級生も…悠斗先輩は見世物じゃないんですよー、さっさと帰った帰ったー」
棒読みのセリフに彼女たちはガッカリしたような顔をしながら、蜘蛛の子のようにバラバラになって散っていった。
残っている女子は凛音と歩美と楓の3人だけになる。
「凛音…いつもありがと…」
「気にしないで。悠斗だってわざわざ校門で待たなくてもいいのに。またあの人たちに捕まるよ?」
「いや…一番見つけやすいのはここだから……しょうがない」
お礼を言う悠斗に、凛音は先ほどとは違う崩した口調で話す。
その口調の変化は歩美も楓も知っているので、特に驚いたりはしない。
「……凛音の友達?」
後ろにいた歩美と楓の存在に気付いた悠斗が言う。
その瞬間、楓は恥ずかしそうに歩美の後ろに隠れてしまった。
「うん。クラスメイトの歩美と楓。結構前から悠斗のコト見てたんだよ?」
「平山歩美でーす。初めましてー」
「ゆ、結原楓です…よ、よろしくお願いします…」
凛音の紹介に歩美は明るく挨拶はするのだが、楓は歩美の後ろに隠れながら挨拶をする。
「……荒谷悠斗…です。よろしく…」
突然のことに悠斗は驚きながらも挨拶を返す。何だかちょっぴり微笑ましい。

「凛音。そろそろ…結社に行かないと」
「あ、そうだね…」
悠斗がそう言いながら、自ら運転してきた車の後部座席のドアを開く。
中はとても綺麗にされていて、車独特のむせ返るような匂いがまるでしない。
「わぉ、悠斗先輩は車運転するんですか?」
その光景を見ながら、歩美は驚きながらも悠斗に尋ねる。
「まぁ…18になったから、前から運転してみたかったんだ…それに仕事に便利かなって…」
答える悠斗の表情は相変わらず無表情だ。それでも声は少し楽しそうだった。
凛音が乗り込んだ後、ドアを閉めようとした悠斗の手が止まる。
そして悠斗はドアを閉めずに手を離すと、歩美と楓に顔を向けた。
「ふたりとも…何処から電車に乗る?」
唐突な質問に歩美と楓は顔をあわせてしまう。
「えと…宇野川駅からです」
その質問に楓は慌てて答える。
「それで…何処で降りる?」とまた悠斗が尋ねる。
「私は三原駅です。歩美ちゃんはその前の赤間駅…ですけど」と楓はまた答える。
返されたその答えに悠斗はしばらく考える。
そして、一度は止めた手でドアを開いて招くような仕草を見せる。
「………送るよ、三原駅と赤間駅まで」
悠斗の一言に一度は唖然とする2人。凛音もまたちょっと唖然としていた。



「結社のほうに行くんじゃなかったのー?」
車に揺られながら凛音は尋ねる。
「そうなんだけど…何だか、ふたりだけにさせると…可哀相かなって…」
巧みな運転をしながら悠斗は答える。
「それに…ふたり送ったってすぐに間に合うように運転するし」
「………スピード違反しないでよ?」
「努力はする…」
免許を取って3ヶ月程経つ悠斗だが、やはり凛音は不安だった。
「あの、ありがとうございます…送ってもらっちゃって…」
「……どういたしまして」
楓がペコリとお辞儀をする。その様子はルームミラーに写し出されて悠斗は見る事が出来る。
一方歩美は悠斗が運転する車を興味あり気にあちこち見ていた。
「これ、悠斗さんが買ったんですか?」
「いや…結社から支給して貰った。免許取ったって言ったら、じゃあどうぞ…って」
「へぇー…太っ腹なんですね、その結社」
そうして歩美はベタベタとあちこちを触ったり窓からの景色を眺めてたりする。
普段家族以外の車に乗ることがないので、何処までも調べてみようというものなのだろう。
「ねぇ、凛音ちゃん」
「ん?なぁに?」
後部座席の真ん中に座る楓が隣に座っている凛音に声を掛ける。
「やっぱり…『退魔師』って大変なの?」


退魔師。
それが、凛音と悠斗がしている特別な職業だ。
日々世界に悪事を働く悪魔や幽霊やゾンビ…といった一般的に『邪を持つモノ』と呼ばれるモノの排除が退魔師の仕事である。
退魔師は一般的に結社ごとで働くことが多い。ふたりは“雷鳴”と呼ばれる結社に所属しており、任務を受けている。
そうして、結社にもランクというものがある。ランクEからランクSSSまでの8段階に分かれており、そのランクによって与えられる任務も違う。
フリーの退魔師が殆どいないのは、報酬が貰えない他に『邪を持つモノ』の正確な出現場所が把握できない為だ。

ちなみに凛音の家は【風宮神社】という神社で、彼女は例外なく高校に通いながら巫女という仕事もやっている。
とはいっても神社の巫女としての仕事は殆ど境内や本堂の掃除ばかりで、特別な仕事はあまり無いといってもおかしくはない。
その為、凛音は約半年前から両親の薦めで(命令に近かったかも知れないが)“雷鳴”に所属し、現在は悠斗と組んで任務に取り組んでいるのだ。


「まぁね。でも、悠斗も神楽もいるから」
凛音は楓の質問にそう答える。
「あ、ねぇねぇ。今も神楽っているの?」
それを聞いていた歩美が凛音に尋ねた。
「うんいるよ。呼んであげよっか?呼ぼうかなって思ってたけど…」
「うんうん!呼んで呼んでーっ」
凛音がそう言うと、歩美がキラキラした目で返した。
そうして凛音は鞄からケースを取り出す。普通のカードホルダーより少し縦長なケースだ。
そのホルダーの一番手前にある札(ふだ)を取りだす。彼女は札を使う符術の退魔師なのだ。
「………………」
札を胸に寄せて、凛音は精神を札に注ぐ。彼女の体内で巡っている魔力を札に与えているのだ。
札に刻まれた黒い文字は魔力を与えられるごとに、鮮やかな緑色に染まっていく。
「…………式神・神楽。ここより、召喚っ!」
黒い文字が完全な緑に染まった刹那、札を前に突き出す。
鮮やかな緑が浮かび上がり、札の上で小さな渦を巻く。その様子は何だかファンシーで歩美も楓も思わず見入ってしまう。
やがて渦の勢いが緩んでいく。そしてその渦は札に吸い込まれるかのように消えていった。

「式神・神楽。主様の命により、参りましたっ」

緑色の渦から現れたのは小さな人間だった。
全長がわずか15cmしかない小さな身体。切り揃えられた緑の髪と丸い同色の瞳が何とも印象的だ。
頭に巻いた赤い鉢巻と何処かアイヌっぽい雰囲気がある服装をしていて、顔立ちは少女のようだが、これでも立派な男だ。
彼女……否、彼こそが凛音に仕える式神。風の妖術を得意とする神楽である。
「神楽ーっ!やっぱ可愛いーっ!」
神楽の出現を一番喜んでいたのは頼んでいた歩美だった。
そのふたつの目は更に輝きを増しているようにも見える。
「歩美様、それに楓様、お久しぶりですっ」
懐かしい顔を見て嬉しいのか、神楽もまたとびっきりの笑顔を見せる。
少年というより、少女の満面の笑みに近い。
「神楽ちゃん、可愛い…」
神楽を見て、楓もまた笑顔を漏らしてしまう。
「あー、もうっ。楓様、僕は男なんですから『ちゃん』付けしないで下さいっ」
『神楽ちゃん』が気に入らないのか、神楽はむぅっとした顔を浮かべる。
男として、やはり認められないプライドってやつがあるのだろう。
「だって…神楽ちゃん、とっても可愛いから」
「あー、また『神楽ちゃん』って言われましたー!?」
素直な感想を漏らす楓に神楽は思わず返してしまう。
そんなやり取りに主である凛音も輪に入る。
「しょうがないじゃん。神楽は皆のアイドル的存在なんだし」
「主様…それって、どちらの意味でですか…?」
「ん?もちろん…『可愛い』って意味で♪」
「あ、主様まで酷いですー!?」
結局神楽は弄られる運命に会わなければならなかったらしい。
歩美はそんな様子を楽しそうに眺めていた。

そして、運転手の悠斗は
「……何か、いつもより騒がしい……」
自分が誘ったくせに、誘ったことを後悔してしまったのだった。
ちなみにその言葉はあまりにも小さく呟いたもので、後部座席のメンバーの耳に聞こえることは無かった。


「今日は…本当にありがとうございました」
そう言って楓はペコリとお辞儀をする。
赤間駅の近くで歩美が降りた後、無事に目的の三原駅に辿り着いた楓ともここでお別れだ。
「ううん…俺が勝手に誘っちゃっただけだし」
「そ、それでも…とっても嬉しかったです…」
お礼を返す悠斗の言葉に楓は白い頬をほんのりと赤く染めながら笑う。
あぁ、やっぱり楓は悠斗に完全に惚れてるんだなと、分かってしまう。
「楓、また明日ねー」
「うん。凛音ちゃんも神楽ちゃんも気をつけてね?」
「楓様、だから僕はぁ…」
神楽の言葉は最後まで続く事無く、凛音の両手によって包まれるように取り囲まれてしまった。
「あ、主様ー!?」
「悠斗ー、そろそろ行かないと本当に間に合わないよー?」
神楽の小さな叫びも空しく、凛音は悠斗に声をかける。
悠斗はその呼びかけにコクリと首を頷き、エンジンを轟かせる。
「じゃあね、楓。また明日」
「うん…お仕事、頑張ってね?」
「ありがと、じゃあねっ」
凛音がそう言った刹那、車は走り出した。
ルームミラーに手を小さく振る楓の姿が見える。その姿は車が進むごとに小さくなり、やがて消えた。


楓と別れた後、凛音は愛用の携帯からアドレス帳を開いた。
ら行に移動した後、カーソルを『雷鳴』という名前に合わせてページを開く。
そのページに開かれた番号にアクセスをした後、凛音は携帯を自らの耳に当てた。
「……ランクCの風宮凛音です。現在、ランクBの荒谷悠斗と共にそちらに向かっています」
友人との談笑とは違う、真剣な話し方。
凛音の手から何とか開放された神楽もこの時ばかりは何も言わない。
「……はい…到着後、すぐにそちらに参ります。……了解しました。では…Dゲートの開放をお願いします」
現在位置を確認しながら、凛音は電話の相手とのやり取りを続ける。
「はい……分かりました。……では、失礼します」
話しが終わったのか、彼女は携帯を離し電源ボタンを押した。
そして、彼女からため息がひとつ漏れた。
「あー…毎回、疲れるなぁ…」
こういうコトには未だに慣れない所があるのだろう、彼女の顔には何やら疲れた表情もある。
「仕方がないよ…情報を漏らさない為にも…やらなきゃいけない……」
「でも、毎回こんな堅い会話じゃ疲れちゃうよ…」
長く退魔師をしている悠斗はそう言うが、凛音には納得したようなしていないような顔を浮かばせていた。



夕暮れが街をオレンジ色に変える。
でも、そんな時間はあっという間に終わる。

夕暮れと共に人の姿はいなくなり、闇が世界を包む。
“夜”――そう呼ばれる闇の時間帯が世界を支配する。
『邪を持つモノ』による世界の破壊が何処かで始まろうとしている。


夕暮れの中で黒光りする車が道路を走る。
やがて見えたのは大きな建物の姿。まるで都市にあるビルか大学のようだ。
「そろそろ着くよ……準備しといて」
「ん…神楽、そろそろ降りるよ」
「はぁい…」
いつの間にか眠ってしまった2人を起こし、悠斗はハンドルを回す。
先ほど凛音が頼んでいたDゲートの開放は既に行われた後で、車はすんなり建物の中にへと入った。
そして、車は定められた位置にへと着く。赤いレーザーのような光が車を通し、近くのランプが青く光る。
刹那、車は吸い込まれるかのように地下にへと降りていく。普通の立体駐車場とは逆のやり方だ。
無機質で金属ばかりの空間の中、車はどんどん地下にへと降りる。

そして、ガゴンという重い音と共に車の降下は終わる。
車から降りた3人は目の前にある改札口に、自分だけ(神楽は凛音と一緒)のICカードを通すとその先にある大きな扉が開いた。
彼らはそのまま扉の向こうにへと歩む。



彼らは退魔師。魔を退ける者。
“夜”という闇の時間帯に現れ、『邪を持つモノ』と戦う者。
この世界の破壊を止める為、この世界の確かな明日を守るために。
闇の時間帯の中で『邪を持つモノ』と戦う。
全ては、世界を破壊していく彼らを抹消する為に。
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