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その日は満月だった。
何処も欠ける所がない、丸い満月。

穢れた空気が漂う淀んだ空に、星の数は数えられない。
この目で見える星は一等星や二等星だけ。三等星からは何も見えない。

ただ見えるは強く煌く星と優しい満月のみ。


そんな空の下で、『退魔師』は戦う。
今日も『邪を持つモノ』による世界の破壊を止める為に。






ep.2
真夜中の戦い。




冷たい空気の中、息を吐くと、白い雲が出来た。
出来上がったばかりの白い雲はその後すぐに空気中に混ざって消える。


「確か…ここら辺、だよね」
与えられた任務内容を確認しながら、凛音は呟いた。
彼女は今、樫本高校の制服ではなく…戦闘用にアレンジした巫女装束になっていた。
動きやすさを重視する為に緋色の袴は膝が掛かる程度にまでぶった切られている。足はわらじではなくごく普通なブーツだ。
腰には札が詰められているケースをまるで拳銃のホルスターように巻かれている。
普段こんな変わった格好をすることない。いや、する機会もないだろう。
現役で巫女と神主をしている彼女の両親曰く、巫女服を着ると、体内の魔力の巡りが数段良くなるらしい。
……あまり信じたくないが。
「そうみたいだね…」
その呟きに悠斗は返す。
先ほどとは変わらない服装だが、その細い腰周りには片手剣の鞘が添えられていた。
「でもいつ来るか分からない。凛音は何枚か札を用意しといて」
「ん、りょーかい」
先輩である悠斗に言われ、凛音はホルダーから愛用の札を3枚程取り出す。
そうして彼は凛音の側にいる神楽のほうにへと視線を向けた。
神楽は『邪を持つモノ』にしか持たない力の波動を感知するコトが可能なのだ。
「……神楽、感知…出来てる?」
「いえ…何にも…まだ波動も感じられません」
感知に集中しながらも神楽は悠斗に答える。
その余裕が生まれるのは何度も任務を受け、何体もの力の波動を感知してきた故になのかもしれない。




――――――




「今回の任務はゾンビの退魔です」
“雷鳴”に所属するオペレーターが彼らに向かって語り始めた。
「出現場所はここから少し離れた所にある三崎町の運動公園。そこにゾンビは出現しています」
淡々として、余計な事を言わないようにしている。
「こちらで詳しく調べた所、かつてのゾンビは近くに通う男子中学生で、よくイジメられてたそうで…その公園でひとり自殺したようです」
感情は出来るだけ顔に出さないように。
変わり果てた人間に――
『邪を持つモノ』に情けはもう必要ないからだ。
「幸いなことにまだ死者を出ていませんが、このままでは被害が出るのは確実です。迅速な排除をお願いします」
そこまで言ってから凛音が手を上げる。
「あの…今回の注意点などは…」
「あぁ…それは…」
オペレーターが持っていた紙の束を覗きながら答えた。
「ゾンビは自殺の際に使用したナイフで切りつけます。他に犬のゾンビ2匹が彼に従っています。先に犬を倒したほうが早いでしょう」
そこまで言って、オペレーターは資料からふたりへと向けた。
そして、オペレーターは言う。


「分かっているとは思いますが…彼はもう人ではありません。ゾンビという名の種類の『邪を持つモノ』です。それをお忘れなく」


残酷な一言ではあるが、それは真実なのだ。
生きている人間が殺戮のゾンビになれても、殺戮のゾンビは生きている人間に戻ることは出来ない。
それが、『邪を持つモノ』に成り果ててしまった運命なのだから。




――――――




「なーんかさ…やるせないよねぇ…」
事のはじまりを思い出しながら、凛音は思わず溜息をつかせてしまう。
その一言に悠斗が振り向いた。
「………何が?」
「望んでもいないのにイジメられて、誰にも相談することが出来なくて死んじゃうなんて…何だかやるせないなって」
「……………」
それっきり、黙ってしまう。
しばらく経ってから、悠斗は口を開く。
「けど…彼はもう人間じゃない……。ただ殺すことに執着しているゾンビ…。ゾンビに理性は…もうないから……」
「そうなんだよねぇ…」
凛音は沈んだ気持ちになる。


最近よく『邪を持つモノ』と共に語られるニュース。
過激化するイジメ。増えてしまったイジメの方法。複雑に絡み合う人間関係。
そういったものが…社会から外された人を弱体化させ、『死』という名の残酷な道を選ばせる。
これが元で、復讐心に満ちた死者をゾンビに変えてしまうことがある。
生きている人間を血の色に染める、理性のない『邪を持つモノ』にへと。


「……本当は彼は悔しかったんだろうね」
悠斗は突然呟いた。
「きっと…本当は復讐したかったんだと思う。ゾンビになってまで…復讐しようとしているんだよ」
自分をイジメた、もう『友人』とは呼べない人を。
『自分』という理性を失い、その身体が朽ちて腐乱に陥ったとしても。
「俺だって…やられっぱなしは嫌だし、あいつらには復讐したいって思ってる」
その一言に凛音も神楽も何も言えなかった。
彼の過去を知っていたから。彼や仲間から以前聞いたことがあったから。
それについては、また後に語ることにしよう。
「けど…せめて、楽に逝かせてあげるのが、退魔師にしか出来ないでしょ?」
「そうだね…彼の為にも、これ以上被害は増えて欲しくない」



「――――――主様、悠斗様っ!!」
神楽が突然叫んだ。
「力の波動を感じます!」
そう語った刹那、2人はそれぞれ戦闘態勢につく。
悠斗は鞘から剣を、凛音は持っていた札を。
「方向は!?」
「北東からです!……来ますっ!!」
神楽が叫んだ刹那、北東の草陰が騒ぎ出した。
そして、何かの拍子に。
彼らは草陰から飛び出した。


まずは犬のゾンビたち。
見た目は大型犬と中型犬のようだ。オペレーターの話しでは、元々野良犬だったらしい。
身体は大分腐乱している。毛が所々抜け落ち肌が剥き出しになっていて、かなりグロテスクだ。
剥き出しになった牙は血で汚れてしまっている。人的被害はないらしいので、野生動物でも食べたのだろう。

そして、今回の目標。
格好は学ラン。だが、その制服もボロボロだ。
犬たちと同じように肌が所々剥がれていて、爛れてしまっている。
その表情は絶望に満ちているようにも見える。ただ言えるのはその表情は『死者』の顔であることだけ。


「うわ…相変わらず、気持ち悪い…」
飛び出してきた敵たちの姿に凛音は思わず口を押さえてしまう。
「だ、大丈夫ですか、主様!?」
「な、何とか…平気…」
そんな様子に神楽は心配してしまう。
凛音は心配かけまいと、何とか手を口から離した。
途端にあの独特な腐乱した匂いが襲ってくる。だが、しばらく我慢だ。
いつまでもこうしてたら、迷惑をかけてしまう。
「凛音…頑張れば、すぐに終わる。何とかして早く終わらせよう」
「う、うん…そだね」
悠斗に励まされ、凛音は改めて札を構える。
「悠斗、さっき話した通りにすればいいよね?」
「あぁ…行くぞ!」
悠斗の声の調子が瞬時に変わった。
これが、彼が【戦闘モード】に入った瞬間。


その声がはじまりの合図だった。


悠斗がいち早く動き始めた。犬たちも動き始める。
犬に向かって悠斗は剣を振るおうと剣を握る。
感知したのか、犬たちも大きな口を開けて、飛びつこうとする。
そのまま対峙するのかと思ったら……悠斗は犬たちが飛んだ瞬間、その下に出来た空間を通り抜けた。
「生憎だが…俺たちの作戦に引っ掛かったな…!」
突然のことに犬たちは驚きを隠せないのか、慌てふためいているようにも見える。
「凛音っ!」
悠斗が叫んだ瞬間、犬たちは思わず振り返る。だが、もう遅い。
犬たちの前には一枚の札が浮かんでいた。その文字は緋色に染まりきっている。
凛音はまんまと引っ掛かった犬たちにニヤリと笑いかけると、叫んだ。

「“爆炎”!!」

刹那、爆発音が響いた。真夜中にはあまりにも大きすぎる爆音。
犬たちは爆発と炎にまかれ、断末魔の叫びをあげながら、爛れた身体を燃やされていく。
やがて、異臭を残しながら身体は焼け落ちた。鼻がその匂いにツンと刺激される。
「風よ、彼らに浄化の風を…」
神楽がそう唱えると、温かい風が炎を包む。
炎も匂いも消され、やがて天に向かって昇っていった。
神楽の浄化の風はこうして『邪を持つモノ』を浄化・成仏させることが出来るのだ。
「悠斗、こっちは何とかなったよ!」
「あぁ…後はあいつだけだ…神楽、あれは終わってるか?」
「はい、既に張っています!」
悠斗は剣を持ち直しながら、腐乱しきったゾンビを睨んだ。
理性のないはずのゾンビに、焦りの色が浮かび始めた。犬ゾンビたちがあっけなくやられたせいだろう。
ゾンビは慌てて逃げようと歩みから走りへと変わる。

……が。

『……………!?』
ゾンビは動けずにいた。というより、そこから先に進めない。
何が起こったのか分からない。「見えない壁」があるはずの道を閉ざしているのだ。
「よしっ、成功!」
自分がやったわけじゃないのに、思わずガッツポーズする凛音。
「神楽の魔力を凝縮させた結界はどう?神楽の結界はなかなか壊せないよ!」
つい先ほどまでゾンビを気持ち悪がっていたはずだが、もう慣れてしまったのだろう。
人間、何度も同じことを経験すれば、その状況に慣れてしまうのである。
……………ある意味で恐いところもあるのだが。
「悪いが…」
結界に阻まれたゾンビの側に悠斗が歩み寄る。
その右手にはしっかりと剣が掴まれていた。
慌ててゾンビはポケットから折りたたみ式の果物ナイフを取り出し、構える。
あのナイフで復讐をしようとしたのだろうか。だが、腐乱した手はガタガタ震えて動けずにいる。
この時、悠斗が放っていた覇気がそれほど大きかったのだろう。
「あんたの為にも、この世界の為にも…成仏しろ…!」
悠斗は『彼』の最期に声を張り上げ、剣を振り上げた。
迫り来る刃が、震えの止まらないゾンビを襲った。

ゾンビの叫びも空しく、その身体は悠斗の剣によって上下に両断された。
瞬間、おびただしい腐った血が彼を襲った。
茶色いのか赤黒いのか、そんな色をした血は悠斗の服を汚していった。
腐乱した身体の一部が辺りに散乱する。その中にピクピクと動く物体があった。
悠斗はそれをしばらく見つめてから、ぐしゃりと音を立てて右足で踏み潰した。


「………神楽、浄化の風を」
悠斗の声の調子が元に戻った。任務完了の合図だった。
「あ…はいっ!」
悠斗に言われて神楽が慌てて倒れたゾンビに『浄化の風』を送る。
風に包まれたゾンビはやがて、あの犬たちと同じように天にへと昇っていった。




「終わった…んだ」
札を構えていた右手の力が抜けてしまう。
構えていた札がハラリと落ちた。凛音は慌てて拾うと、悠斗の元にへと行った。
「お疲れ…今日の任務は終わりだよ…」
剣を鞘に収めながら悠斗は凛音に言った。
少しだけ優しい表情をしながら。凛音のことを気遣ってくれているのだろうか。
「うん…お疲れ。神楽もありがとね?」
「はいっ、今日もお疲れさまでしたっ!」
凛音がそう言うと、神楽は嬉しそうな顔をして言う。
そうして、彼女は改めて悠斗の服装を見つめた。
「悠斗…服、またすごいことになったね」
「しょうがないよ…また、洗うよ」
言われて悠斗は小さな苦笑いを浮かべた。
そして凛音は袴に付けたポケットから携帯を取り出すと、『雷鳴』に連絡を取った。
凛音はいつの間にか連絡役になっていたのだった。
「もしもし…ランクCの風宮凛音です。先ほど、ランクBの荒谷悠斗との任務完了しました。…はい、今からそちらに戻ります。
 ……はい、分かりました。それでは…はい、失礼します」
そうして携帯の通話を切った。
凛音は振り向いて、精一杯の笑顔を見せる。
「さ…帰ろっか!神楽、頼んだよ?」
「はいっ!」
言われて神楽は祈るような仕草を見せる。
その瞬間、悠斗と凛音の足元に緑色の紋章が浮かび上がる。
「風よ、我らを行くべき場にへと送りたまえ…」
神楽の詠唱はまるで歌のように流れる。
やがて鮮やかな緑にへと変貌する頃には、神楽の髪と瞳の色も鮮やかな色をしていた。
「………風車(かざぐるま)!」
神楽がそう叫んだ瞬間、紋章から緑の光と風が巻き起こる。
その光と風はやがて3人を包み込み、空にへと舞い上がった。





任務が終えると、退魔師たちは『アナリスト』と呼ばれる職業にレポートを書かなければならない。
それを書くのは先輩である悠斗である。
ひとつの任務につき一枚なので、悠斗は急いでペンを借りて書き始めた。




~~~~~~~~~~~~


任務レポート

日付:20XX年 ○月□日
時間:20:00 ― 21:30
担当:荒谷悠斗(B)
   風宮凛音(C)+神楽(式)
内容:人型1・犬型2のゾンビ退魔
場所:三崎町 ■■運動公園
結果:成功。重傷者なし。
   建造物などの被害もなし。
備考:特になし



署名:荒谷悠斗


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とりあえず、全ての欄を埋めてから悠斗は少し考える。
そして、備考の欄に書いた「特になし」に2本の横線を引くと、彼はこう書いたのだった。


備考:今回のゾンビはいじめによって自殺した中学生だった。
   未だにゾンビの出現の理由が解明されてないらしいが、最近のいじめも原因のひとつだと思う。
   昔と比べその方法も規模も大きく違う為に、これによる【ゾンビ増殖】も否定できない。


たった3行だが、これでいいだろう。
そう確信した悠斗は書きたてのレポートを持って、アナリストの元へと行った。




「……はい、これで受理しておきますね。お疲れ様」
「ありがとうございました」
アナリストの微笑みを見ながら、悠斗はペコリと頭を下げた。
アナリストたちが集う情報室から足早に出て行く。
そして、彼は次に行くべき場所に足を向かわせることにした。




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