fc2ブログ





神よ。
もしも天上におられるのなら、
もし願いを叶えられるのなら、
もしこのような愚か者で良ければ、



この、今、目の前にいる存在と



言葉を交わせるように
手を重ねられるように
心を交せるようにして欲しいのです。





たとえ、それが[人形]だとしても。









スノーホワイトと人形。







「………えと…もう1度聞かせてくれません?
 あなたは…何を願ってるのか」
私は目の前にいるおじいさんに向かって、そう言った。


今回私を助けてくれたのは、人形師のおじいさん。
名前は教えてくれなかった。
「このような老いぼれに名乗るものはない」と言われたから。
紅茶を飲みながら私は名前以外のことを聞いた。

おじいさん曰く、余命はもう短いとのこと。
おじいさん曰く、子供たちは独立し、妻に先立たれた身だとのこと。
おじいさん曰く、生涯尽きるまで人形を作り続けるとのこと。

そんなおじいさんが願ったこと。



「だから…言っておるだろう?
 この人形と、心を交せるようになりたいのだ」



そう語るおじいさんの膝の上には、人形が座っていた。
くすんだ金色の髪に、ほこりの被った蒼い瞳。
古臭い感じの洋服に身を包んだそれは、首を俯いている。
正直言うと、何だか不気味な感じがする。
それは多分、人形独得の無表情だからだろうか。
それとも何か…あるのだろうか。


「なんでまた…それに、人形師は…」
「自分の作った人形に『命』やら『魂』を吹き込む…
 ……君は…そう、言いたいのだろう?」
「えぇ…そうです」
「だがね……
 ……すまない。名をなんと言ったかな?」
「スノウです。スノーホワイト・エンジェスタ・フロウマディア・ウィン」
「あー…すまない。スノウか…」
「それで…どうしてまた、そのような願いを?」

基本、私たち妖精は自分を助けてくれた人の願いを叶えてあげるようにしてる。
まぁ…私のような『季節の妖精』はその季節に関する願いしか叶えられないのだが。
しかし…願うことへの理由が分からない限り、そう簡単には叶えられない。
理由が分かって、納得できたらその願いを叶えることが出来る。
そんな感じなのだ。

「……この人形はな。
 先立たれた妻が遺してくれたものなんだ」
愛しそうに金色の髪を撫でながら、おじいさんは言った。
「奥様も…人形師だったんですか?」
「いや…私の手伝いをしてくれただけだ。
 目の色付けや服を作ったり…私より、妻のほうがそういうのが得意でね…
 理由をつけては、よく妻に頼ったものだよ」
「そうなんですか…
 それじゃあ、その人形は…」
人形を見つめながら、おじいさんは静かに笑った。
穏やかな、笑みだった。
「あぁ、妻が作ったのものだ。最初から、最後までな…」
おじいさんはそれから奥様との思い出を話してくれた。



人形師としてようやく一人前となった日。
おじいさんと奥様は結婚し、今住んでるこの家で生活を始めた。
子供が生まれ、幸せな生活を送る中、おじいさんはたくさんの人形を作った。
永久に愛されるような人形を目指し、誰かに幸せの笑顔を与える存在を目指して。
そうしている内に、いつの間にか奥様がおじいさんの人形作りを手伝うようになった。
おじいさんは人形の基盤となる胴体全てを作り、
奥様はその人形に合う目に色を付けたり、愛らしい洋服を作って。
そうしていたら、
おじいさんだけが作った人形より、おじいさんと奥様が作った人形のほうが増えていった。
おじいさんはそれは幸福なことだと言った。
ひとりで淡々と作っていくより、愛する妻と一緒に作ったほうが幸せになれる。
自分の隣に、愛する妻の笑顔をいつまでも一番に見れるから、と。

そんなある日、奥様は言った。

「自分だけで最初から最後まで人形を作らせて欲しい」

今までお手伝いしかしなかった奥様が、突然そんなことを言ったのだ。
おじいさんは何故だと、奥様に尋ねた。
すると、奥様は微笑みながら、こう言ったらしい。


「今まではみんなの笑顔の為に、あなたと一緒に人形を作ってきたけど…今度は、私があなたに人形を贈りたいの。
 あなたには私にたくさんの笑顔をくれた。だからこそ、今度は私があなたに笑顔を与えたいの」


……この時、奥様は。
所謂――不治の病にかかっていた。
自分の寿命が残り少ないことは、誰よりも奥様自身がよく知っていた。
だからこそ、おじいさんは出来るだけ無理をさせないようにしていた。
でも、奥様はそれでも尚、動き続けた。手伝い続けた。


愛する人と最期の一瞬まで共に過ごしたかったから。


結局…おじいさんは人形の作り方を教えた。
胴体の作り方、顔の彫り方、手足の作り方…全てを。
奥様はおじいさんの説明だけで、自分だけで全てをこなした。
それもおじいさんのお手伝いをしながら。
仕事の休憩時間でも、おじいさんが眠ったあとの夜の中、おじいさんが起きるまでの朝の時間でも。
おじいさんは、やめろとは言わなかった。
だからって手伝おうともしなかった。
そんなことをすれば、奥様の笑顔を奪ってしまう。
純粋な愛情故に、何よりも奥様の楽しげな笑顔の為に、何も言えなかったのだ。


何日もかけて
奥様は、人形を完成させた。
おじいさんの膝に座る人形を。

その後、ある時を境に倒れ、寝たきりの状態になった。

医者には、もう……







「もう、最期を看取るしか、なかったんだ……」
おじいさんは片手で顔を抑えながら、もう片方の手で人形を抱きしめていた。
ポロリと、一筋の涙が流れた。
「しかし…妻は笑って私に言ったんだ。
 『貴方の笑顔を見たい』とな。
 こんな状態で笑えるはずないのにな、無理して笑ってやったよ。
 妻の最期はせめて幸せにしてあげたかったんだ」
涙、笑顔、そのふたつ。
奥様を失う悲しみと、生涯共に歩めたことへの喜び。
「だから…私は、この人形と心を交したい。
 妻の遺してくれた人形と共に、残りの人生を送りたいのだ」
顔をあげたおじいさんは穏やかな泣き笑いだった。
私は彼に向かって、静かに頷いた。
この人の願いを叶えてあげよう。そう思ったのだ。


「ただ…条件がいくつかあります」
いつもの言葉をつむぎ始める。
「まず、私を助けたこと、叶えてもらったことを誰にも教えないこと」
「あぁ、教えない」
これはとりあえずOK。
次は肝心なところのひとつ。
「次に…先ほどお話したとおり、私は『冬』の妖精です。
 名の通り、冬に関することしか叶えられないのですが…それは…」
「大丈夫だ」
「………と、いいますと?」
「………妻が死んだのは、雪が降り始めたときだったからな」
「では、大丈夫ですね」
良かった。これでダメだったらどうしようかと思った…。
そして、最後。

「最後にお尋ねします。
 あなたと、奥様の名前を教えてくれませんか?」

名前というのは、大切なものだ。
トオルのときもそうだったけど、名前があるだけで自己を持てる。
自分自身そのもの全てを分かるわけではないけれど、それでもないよりはずっといい。
おじいさんは小さく息を吐いてから、人形を抱く。


「私は…ローグ。ローグ・フェディン。
 妻の名は、ディナ・フェディン」


ローグと、ディナ。
「素敵なお名前ですね」
にこりと、笑ってみせる。
もうすぐ…別れのときが来ているから。
「あぁ…私のは本当に名乗るほどではないがね」
おじいさん――いや、ローグ氏はそう言った。
私は黙ったまま、首を横に振った。
「……奥様も、ローグ氏と出会えて、共に過ごせて幸せだったと思います」
「そうであると、思いたいものだ」
そして、お互いに小さく笑いあう。
何だか不思議な感じがした。
ローグ氏に抱かれた人形も心なしか、微笑んでいるように見えた。
「それでは…あなたの願いを叶えます。
 少々目が眩むと思いますので、ご注意ください」
にこりと微笑んでから、私は瞳を閉じた。


ふわりと、身体を浮かばせる。
両手を広げて、溢れる金色の光に身体を委ねる。
光は私の翼になり、色は私を染めていく。

光の翼を持った、全てが金色の姿。
これが、季節の妖精の…真の姿。


「おぉ…」
ローグ氏は人形を抱いたまま、ずっと見つめていた。
私の姿を見て、ローグ氏は何を思ってくれたのだろうか。

「『妻の遺した人形と心を交したい』
 あなたの願い、冬の妖精スノーホワイトが叶えてあげる」


両手を前に出して、光を溜め込む。
そして、その光をローグ氏に向かって静かに放った。
この光が消えたら、ローグ氏の願いは完全に叶うことになる。


光の中にいるローグ氏に向かって、私は静かに呟く。
「ローグ氏…貴方の願いは、叶えましたよ。
 どうか…奥様のように最期の一瞬まで、幸せになって下さい」









彼女が…妖精スノウがいなくなったあと。
私はいつもと変わりない、生活を送っていた。
ただ…少し違うことがある。
それは…


「おはようございます、お父様」


ドレスの裾を摘み上げて、ちいさく礼をする少女。
綺麗な金色の髪に、空のように青い瞳。
可憐な笑顔と丁寧な立ち振る舞い。
そう…かつて、人形だった少女。
スノウは…心を持った人形を、本当の人間の姿にしたのだ。

「あぁ、おはよう。シエル」

『シエル』

それは男の子しか産めなかった妻がもしも女の子を産めた時に付けたがっていた名前。
「さて…シエルも起きたことだし、朝食でも作ろうか」
「いえ、私が作りますので、お父様はお座りになって待っていてください」
立ち上がろうとしたのに、シエルにそう言われたものだからまた座りなおすしかない。
この頃、足の調子が良くない。そろそろ医者に診せたほうがいいのだろうか。
「あっ、お父様?」
エプロンの付けたシエルが振り返った。
「なんだい、シエル」
そう尋ねる私に、シエルは笑って尋ね返した。


「今朝のお芋は、蒸すか揚げるかどちらがいいですか?」


それは、妻がよく呟いた質問。
一瞬だけ、シエルが妻と重なって見えた。
「お父様、どちらがいいですか?」
「あ、あぁ…じゃあ、揚げるほうで」
「分かりました」
またにこりと微笑んで、シエルはキッチンの奥へ消えた。



「ディナ…」
ふいに妻の名を呟く。
「私は…きっと、今幸せだと思う」
妻との思い出をすっと思い出しながら。
「……いや。私は幸せだ。
 幸せなまま、いつかお前のところへ行くよ」
妻の笑顔を思い出した。
すごく優しくて、明るくて、ずっと私のそばにいた愛しい笑顔。
「だから…待っていておくれ。
 シエルが確かな幸せを得てから、お前のところに行くからな」
窓の向こうにある空を向かって私はそう誓った。


「お父様、もうすぐご飯が出来ますから待ってて下さいね」
「あぁ、分かった。今朝は揚げ芋と…なんだい?」
「ふふ…今朝のメニューはですね…」



今はただ、この幸せがあれば生きていける。
私はそう思う。
だから、この幸せのまま、最期の一瞬まで輝いていよう。
あの時の妻と同じように。
ずっと、ずっと、幸せのままで。
かつて人形だった娘と一緒に生きていこう。





妖精がくれた、この幸せと共に――
スポンサーサイト



Secret

TrackBackURL
→http://cieletile.blog87.fc2.com/tb.php/91-5996a929